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宮澤賢治


宮澤賢治 音楽と語りで綴る

12月22日(土)  14:00~ つくば市吉瀬アトリエ2にて開演いたします
                 チケット予約、お問い合わせは  029-851-3749 タカハシまで


当日の作品の案内 3




よ だ か の 星
宮沢賢治:作

 よだかは、実にみにくい鳥です。
 顔は、ところどころ、味噌(ミソ)をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、
耳までさけています。
 足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。
 ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見たゞけでも、いやになってしまうという工合(グ
アイ)でした。
 たとえば、ひばりも、あまり美しい鳥ではありませんが、よだかよりは、ずっと上
だと思っていましたので、夕方など、よだかにあうと、さもさもいやそうに、しんね
りと目をつぶりながら、首をそっ方(ポ)へ向けるのでした。もっとちいさなおしゃべ
りの鳥などは、いつでもよだかのまっこうから悪口をしました。
「ヘン。又出て来たね。まあ、あのざまをごらん。ほんとうに、鳥の仲間のつらよご
しだよ。」
「ね、まあ、あのくちの大きいことさ。きっと、かえるの親類か何かなんだよ。」
 こんな調子です。おゝ、よだかでないたゞのたかならば、こんな生まはんかのちい
さい鳥は、もう名前を聞いたゞけでも、ぶるぶるふるえて、顔色を変えて、からだを
ちゞめて、木の葉のかげらでもかくれたでしょう。ところが夜だかは、ほんとうは鷹
(タカ)の兄弟でも、親類でもありませんでした。かえって、よだかは、あの美しいかわ
せみや、鳥の中の宝石のような蜂(ハチ)すゞめの兄さんでした。蜂すゞめは花の蜜(ミツ)
をたべ、かわせみはお魚を食べ、夜だかは羽虫(ハムシ)をとってたべるのでした。それ
によだかは、するどい爪(ツメ)も、するどいくちばしもありませんでしたから、どんな
弱い鳥でも、よだかをこわがる筈(ハズ)はなかったのです。
 それなら、たかという名のついたことは不思議なようですが、これは、一つはよだ
かのはねが無暗(ムヤミ)に強くて、風を切って翔(カ)けるときなどは、まるで鷹のように
見えたことと、も一つはなきごえがするどくて、やはりどこか鷹に似ていた為(タメ)で
す。もちろん、鷹は、これをひじょうに気にかけて、いやがっていました。それです
から、よだかの顔さえ見ると、肩をいからせて、早く名前をあらためろ、名前をあら
ためろと、いうのでした。
 ある夕方、とうとう、鷹がよだかのうちへやって参(マイ)りました。
「おい、居るかい。まだお前は名前をかえないのか。ずいぶんお前は恥(ハジ)知らず
だな。お前とおれでは、よっぽど人格(ジンカク)がちがうんだよ。たとえばおれは、青
いそらをどこまででも飛んで行く。おまえは、曇ってうすぐらい日か、夜でなくちゃ、
出て来ない。それから、おれのくちばしやつめを見ろ。そして、よくお前のとくらべ
て見るがいゝ。」
「鷹さん。それはあんまり無理です。私の名前は私が勝手につけたのではありません。
神さまから下さったのです。」
「いゝや。おれの名なら、神さまから貰(モラ)ったのだと云(イ)ってもよかろうが、お
前のは、云わば、おれと夜と、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。」
「鷹さん、それは無理です。」
「無理じゃない。おれがいゝ名を教えてやろう。市蔵(イチゾウ)というんだ。市蔵とな。
いゝ名だろう。そこで、名前を変えるには、改名の披露(ヒロウ)というものをしないと
いけない。いゝか。それはな、首へ市蔵と書いたふだをぶらさげて、私は以来市蔵と
申しますと、口上(コウジョウ)を言って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。」
「そんなことはとても出来ません。」
「いゝや、出来る。そうしろ。もしあさっての朝までに、お前がそうしなかったら、
もうすぐ、つかみ殺すぞ。つかみ殺してしまうから、そう思え。おれはあさっての朝
早く、鳥のうちを一軒づゝまわって、お前が来たかどうかを聞いてあるく。一軒でも
来なかったという家があったら、もう貴様(キサマ)もその時がおしまいだぞ。」
「だってそれはあんまり無理じゃありませんか。そんなことをする位なら、私はもう
死んだ方がましです。今すぐ殺して下さい。」
「まあ、よく、あとで考えてごらん。市蔵なんてそんなにわるい名じゃないよ。」鷹
は大きなはねを一杯にひろげて、自分の巣の方へ飛んで帰って行きました。
 よだかは、じっと目をつぶって考えました。
(一たい僕は、なぜこうみんなにいやがられるのだろう。僕の顔は、味噌をつけたよ
うで、口は裂けてるからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたこ
とがない。赤ん坊のめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやっ
た。そしたらめじろは、赤ん坊をまるでぬす人からでもとりかえすように僕からひき
はなしたんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。それに、あゝ、今度は市蔵だな
んて、首へふだをかけるなんて、つらいはなしだなあ。)
 あたりは、もううすくらくにっていました。夜だかは巣から飛び出しました。雲が
意地悪く光って、低くたれています。夜だかはまるで雲とすれすれになって、音なく
空を飛びまわりました。
 それからにわかに、よだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まる
で矢のようにそらをよこぎりました。小さな羽虫が幾匹も幾匹もその咽喉(ノド)には
いりました。
 からだがつちにつくかつかないうちに、よだかはひらりとまたそらへはねあがりま
した。もう空は鼠色(ネズミイロ)になり、向うの山には山焼けの火がまっ赤です。
 夜だかが思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたように思われます。一
疋(イッピキ)の甲虫(カブトムシ)が、夜だかの咽喉にはいって、ひどくもがきました。よだ
かはすぐそれを呑みこみましたが、その時何だかせなかがぞっとしたように思いまし
た。
 雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、恐しいようです。よ
たかはむねがつかえたように思いながら、又そらへのぼりました。
 また一疋の甲虫が、夜だかののどに、はいりました。そしてまるでよだかの咽喉を
ひっかいてばたばたしました。よだかはそれを無理にのみこんでしまいましたが、そ
の時、急に胸がどきっとして、夜だかは大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐ
るぐるぐるぐる空をめぐったのです。
(あゝ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのたゞ一つ
の僕が、こんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。あゝ、つらい、つらい。
僕はもう虫をたべないで餓(ウ)えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。
いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)
 山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。
 よだかはまっすぐに、弟の川せみの所へ飛んで行きました。きれいな川せみも、丁
度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そしてよだかの降(オ)りて来たのを見て
云いました。
「兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。」
「いゝや、僕は今度遠い所へ行くからね、その前一寸(チョット)お前に遭(ア)いに来たよ。」
「兄さん、行っちゃいけませんよ、蜂雀(ハチスズメ)もあんな遠くにいるんですし、僕ひ
とりぼっちになってしまうじゃありませんか。」
「それはね、どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云わないで呉れ。そしてお前もね、
どうしてもとらなければならない時のほかは、いたずらにお魚を取ったりしないよう
にして呉れ。ね。さよなら。」
「兄さん、どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。」
「いや、いつまで居てもおんなじだ。はちすゞめへ、あとでよろしく云ってやって呉
れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。」
 よだかは泣きながら自分のお家へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけか
かっていました。
 羊歯(シダ)の葉は、よあけの霧を吸って、青くつめたくゆれました。よだかは高く
きしきしと鳴きました。そして巣の中をきちんとかたづけ、きれいにからだ中のはね
や毛をそろえて、また巣から飛び出しました。
 霧がはれて、お日さまが丁度東からのぼりました。夜だかはぐらぐらするほどまぶ
しいのをこらえて、矢のように、そっちへ飛んで行きました。
「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼(ヤ)けて死ん
でもかまいません。私のようなみにくいからだでも、灼けるときには小さなひかりを
出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」
 行っても行っても、お日さまは近くなりませんでした。かえってだんだん小さく遠
くなりながらお日さまが云いました。
「お前はよだかだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今夜、そらを飛んで、星にそ
うたのんでごらん。お前はひるの鳥ではないのだからな。」
 夜だかはおじぎを一つしたと思いましたが、急にぐらぐらしてとうとう野原の草の
上に落ちてしまいました。そしてまるで夢を見ているようでした。からだがずうっと
赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来て、
からだをつかんだりしたようでした。
 つめたいものがにわかに顔に落ちました。よだかは眼をひらきました。一本の若い
すゝきの葉から、露がしたたったのでした。もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、
一面の星がまたゝいていました。よだかはそらへ飛びあがりました。今夜も、山やけ
の火はまっかです。よだかはその火のかすかな照りと、つめたいほしあかりの中をと
びめぐりました。それからもう一ぺん、飛びめぐりました。そして思い切って西のそ
らの、あの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん、西の青じろいお星さん。どうか私をあなたのところへ連れてって下さい。
灼けて死んでもかまいません。」オリオンは勇ましい歌をつゞけながら、よだかなど
はてんで相手にしませんでした。よだかは泣きそうになって、よろよろと落ちて、そ
れからやっとふみとまって、もう一ぺんとびめぐりました。それから、南の大犬座の
方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん、南の青いお星さん、どうか私をあなたの所へつれてって下さい。やけて
死んでもかまいません。」大犬は青や紫や黄やうつくしくせわしくまたゝきながら云
いました。
「馬鹿を云うな。おまえなんか一体どんなものだい。たかゞ鳥じゃないか。おまえの
はねでこゝまで来るには億年兆年億兆年だ。」そしてまた別の方を向きました。
 よだかはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又二へん飛びめぐりました。そ
れから又思い切って、北の大熊星の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「北の青いお星さま、あなたの所へ、どうか私を連れてって下さい。」
 大熊星はしずかに云いました。
「余計なことを考えるものではない。少し頭をひやして来なさい。そう云うときは、
氷山の浮いている海の中へ飛び込むか、近くに海がなかったら、氷を浮かべたコップ
の水の中へ飛び込むのが一等だ。」
 よだかはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。
そしてもう一度、東から今のぼった、天の川の向う岸の鷲(ワシ)の星に叫びました。
「東の白いお星さま、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもか
まいません。」鷲は大風(オオフウ)に云いました。
「いゝや、とてもとても、話にも何にもならん。星になるには、それ相応(ソウオウ)の身
分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。」
 よだかはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。
そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、よだかは、俄(ニワ)かにのろし
のようにそらへとびあがりました。そらのなかほどへ来て、よだかはまるで鷲が熊を
襲うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
 それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。
野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、
いぶかしそうにほしぞらを見あげました。
 夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山
焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。よだすはのぼって行きました。
 寒さにいきはむねに白く凍りました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれ
はせわしくうごかさなければなりませんでした。
 それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのよ
うです。寒さや霜が、まるで剣のようによだかを刺しました。よだかは、はねがすっ
かりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見まし
た。そうです、これがよだかの最后(サイゴ)でした。もうよだかは落ちているのか、の
ぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんで
した。ただこゝろもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっ
ては居ましたが、たしかに少しわらって居りました。
 それからしばらくたって、よだかははっきり、まなこをひらきました。そして自分
のからだがいま、燐(リン)の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているの
を見ました。
 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろい光が、すぐうしろになって
いました。
 そしてよだかの星は燃えつゞけました。いつまでもいつまでも燃えつゞけました。
 今でもまだ燃えています。

by poco_a_poco_f_4 | 2012-10-22 14:52 | イベント