Củ Chi

クチ
ベトナム戦争のときに共産主義のドミノ理論を懸念したアメリカ軍による砲撃の場

もとは、畑とやしの木林ののどかで良い場所だったらしい

彼らは解放民族戦線となり昼は畑、夜ベトコンとしてアメリカに立ち向かったらしい

そのときに日本で言う防空壕みたいなものを建築技術も無い彼らは200kmにも及ぶ

地下のトンネル(国境付近まで達している)を掘りここへ身を潜めた

入り口は板に木の葉のカモフラージュ、60cm四方くらいしかない穴にすばやく身を潜める

中は迷路のようになっていて、時には市場も開催されていたと言う、武器再生場所などもあり

進入してきたアメリカ軍も撃退する工夫がいあたるところに

入り口に似せた落とし穴が多数あり、多きものでは人が落ちると板が回転して裏側になり

再び木の葉でカムフラージュされていて次に来た兵士が次々と落ちていく.....

結局彼らによってクチは守られ、アメリカが手を引く決定的な場所になったらしい

そのときにジャングルであるがためにヘリから地上を確認できずにいたアメリカ軍は

邪魔な葉っぱを無くすために大量の枯葉剤を散布して全てを枯らした.....

サイゴン川の上流にもまき、サカナを殺し飲料水として飲んだ多くの住民は亡くなった

3世代まで続くとされている枯葉剤の影響はあまりにも残酷だ

今では枯葉剤を吸着摂取すると言われているゴムの木を植え、やしの木のジャングルは

ゴムの木の林に、そして最近では色々な樹木が生えている

トンネルの中は小さく蒸し暑い、ここでジーッと身を潜めていたことを考える

なんてタフで我慢強く強い意識の精神なのだろうか

マシンガンやライフルやハンドガンを撃てる場所があったが興味は無かった

銃の音たるや......ホーチミンの喧騒のほうがまだマシ

クチから帰り自分達で自分達の国を手に入れたホーチミンの人達の強さ

町を歩きながらちょっと好きになった

今晩は飲んで食うぞー!!(毎晩かも)

まずはデタムにある小さなフォーの店、家族でやっているらしく小さな男の子も手伝っていた

フォーの麺もゴマやにんじんやいろいろなものが練ってあって全部で6種くらいの面が入っている

生春巻きも乾燥してカピカピしていなく一番美味しかった!!&サイゴンビール

333(バーバーバー)どれも日本で飲める

その後にはデタムとファングーラオの交差点にあるバーで乾杯

物売りの子がオープンなバーに入ってきてサングラスを売りつける

彼とも乾杯、お菓子をあげて話を(会話は通じないが)写真を撮ったり撮ってもらったり

しばらくするとお母さん(やはり物売り)が来て、彼の頭を「コツン」

頭を下げてくれて子供と共に店から出て行った

今夜は一番良い夜な気がした

不思議ともう雑音は聞こえない(もちろん状況は変わっていない)

酔っ払いはタクシーで宿へ、もう手馴れたもので同じ路線を何度も乗っているはずなのに

今晩は一番安かった60000VND 50000VND 今晩はなんと41500VND

不思議な国だー(只単にちょっとだけぼられていたのだと思うが)

ふと宿の前に待ちのタクシーが一台.....

なんとなく見覚えが.......

こみ上げてくる初日

「こいつ!!4倍も5倍もぼったくった初日のタクシーの運転手だ!!」

お金は返ってこないのは百も承知だが...どうしても一言罵声を浴びせたい!!

ドアーをあけて日本語でまくし立てました(ここにはかけないのが残念ですが)

タクシーのウンちゃんは只只クビと手を横に振るふだけ

最後は中指を立てて......

しかし、一つだけ今考えると不安があり

多分あの人だったと思う.....みんな同じ顔に見えるのですよ...多分

「まーいいや、明日は飛行機に乗ってしまうし。旅の恥あhかき捨て...」

いやあの人だった...............ヴィナサンタクシーだけはあっていたが.......
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by poco_a_poco_f_4 | 2011-09-02 11:17 |